お侍様 小劇場

   “いない いない” (お侍 番外編 100)
 


       




こちらはビジネス街から、とりあえずは自宅へ戻ろうとしていた組。
師走の寒空の下、それでも果敢に颯爽と、
高層ビルの足元という、
底冷えしまくりだろう街路を、
掛け取りだろうか、急ぐ人の数は絶えないままだったが。
そんな車窓には脇目も振らず、
ひのえ氏の運転するバンの車内にて、
自宅へ到着するまでの間も惜しいと、
あちこちへ…携帯だけではなくの、モバイル端末をも駆使し、
綿密な確認を取っていたのは勘兵衛で。
プライベートの交際の範囲というと、
歩いて行き来の適う存在ばかりな七郎次ではなかったか。
ご町内の顔見知りとか、久蔵のご学友の内の何人かとか。
優しいお兄さんだと七郎次を慕っている一族の幼子たち…は、

 【電話やメールのやり取りをなされてないかを調べてみましたが。】

今日一日と絞ると、誰とも交信はされていないことが判ったのみ。
そも、携帯を持って出たのかも不明であり、

 【そうですね。
  通話以外にも、財布携帯という使い方をされたなら、
  コンビニなどでその記録も拾えたはずですのに。】

同じくカードを使った形跡も拾えてはいない、との報告を受け、

 「………。」

自分の携帯を開いた久蔵が、だが、何かしらの操作を仕掛かった手を止め、
そのまま勘兵衛を見やったところ。
その視線は意外なくらい、相手の眼差しとも真っ直ぐかち合って。
深色の眼差しは、やはり何にか気づいておりながら、
だのに…それにしては喜色の気配が一切なくて。

 「…お主も気づいたか。」

彼もまた、そちらはまだ開かぬままの携帯を手にしており。
思えばこうして、携帯やカードの履歴を追うなんて、
普通一般のお人にはそうそう適用出来ぬこと。
よほどにその生命が危険と見なされた失踪や略取であり、
警察沙汰にでもならぬ限り、一般の人へは適応されぬ追尾であり。

 「このような束縛を、嫌ったシチなのやも知れぬな。」
 「勘兵衛様?」

それを指示したご当人のお言いようとは思えぬ断じ方だったので。
そこまで気落ちなされたのかと案じたらしい ひのえ氏だったが、

 「四六時中 監視されていることといい、
  姿を消しても、
  突拍子もない奥の手を山ほど使われて、
  あっと言う間に捜し出されることといい。」

 「…それは。」

監視というほど じいっと覗き込んでまではおりませぬと、

「まさかというような何かがあったおりに、
 記録を辿り直せるような態勢を、
 取っておりますだけでございますれば。」

そうと弁解するひのえ氏の心情も判らぬではない。
大切なお方が何にも脅かされず伸び伸びとしていてほしいからと、
あくまでも周囲への注意を払って来た彼らなのだし。
くどいようだが、そうしておくれという依頼をしたのは他でもない、
此処にいる勘兵衛であり久蔵であったのだ。
それをもって“だからこういう運びとなったのだ”と、
理不尽にも責め立てているワケでは勿論ない勘兵衛でもあろうが。

  ……されど

 「それでも、な。」

何へと気づき、想いを馳せているものやら。
その身をシートへ深々と埋め直し、感慨深げな声を出す勘兵衛で。

 「諏訪支家の再興をせぬならば、あやつは単なる家人扱い。
  だというに、儂や久蔵という主幹級と同居しておることから、
  逃れようのない大きな存在から、
  首根っこを押さえられる危険もあるやも知れぬと。
  そうまでの万が一を思えばと、付けることとした護衛だったが。」

とはいえ、と。
追尾探査をしていた手を止め、携帯をその大きな手の中に見やりつつ、

 「あの家へまで、何者かが乗り込んでくるほどのことが起きたなら。
  それは、そこが駿河だろうが同じこと。
  それほどまでに、
  一族自体が追い詰められた場合、ではないのかの。」

倭の鬼神、そんな異名を持ち、
世界中のあらゆる暗部に精通し、跳梁する一族の、
真の正体をしっかと掴んだその上で。
炙り出してやろうとか、捻り潰してやろうとか、
そういった企みを持つ存在が仕掛けること。
そうと言いたいらしい勘兵衛だったのへ、

 「そうまで極端な奇禍ばかりが来やるとは…。」

さすがにそれはと、ひのえ殿が賛同しかねますという声を控えめに出し、

 「ああ。今日びは、他愛のない災難だって躍り込もうさ。」

そこは判っておるさと主人も返す。
交通事故から、放火に盗難などなど、
普通一般のご家庭へだって災禍は相手を選ばす飛び込むもので。
現に、あのごくごく普通の一戸建てな島田さんチへも、
目標にされた訳ではないながら、泥棒が近づいた例もあるのだし。

 「だが、その程度の騒動ならば、
  それこそ七郎次の力量で何とでもなろうとも思えての。」

そう。思えば、そういう頼もしいところもあると判っていながら、
この数年ほどどれほどの包囲網で彼をくるみ込んでいたことか。
それらはそもそも、
昼間一人でいる七郎次が困った事態に遭わぬようにという、
純粋な心配から発した代物だったが。
気づかぬうち、過保護さ加減へ拍車が掛かっていたのやもしれず。

 “そんな形でも、アレを独り占めしたいと思うておったということか。”

そんな男が、だのに、
寛容だの鷹揚だのとの評を得ておるとは聞いて呆れると、
苦々しく笑った勘兵衛だったのへ、

 「…………。」

こちらも、開きかけた携帯を、だが操作はせずにいた久蔵が。
何かしら想いを巡らせの、しばし迷っていたようだったが、

 「……島田。」

意を決すると、あらためて…何事か訊いてみようとした次男坊であったようで。




      ◇◇



今さっきのやり取りから察するに、
関西に勘兵衛の個人名義の隠れ家があったなんて、
実は全く知らされていなかった七郎次だったのだそうで。

 「だとしても、怒れる身分じゃないはずですのにね。」

卑屈になって言うのじゃなくて。
例えば、今だって島田の一族としてのお仕事へは、
どこへ行って何をするのか、聞かぬよう心得てもおりますし、
怪我の跡を見つけても、何も聞かぬよう堪えてもおりますのに。

 「どうしてでしょうか、如月さんからお話を聞いた折、
  何とも言いようのないわだかまりが沸いてしまって。」

隠しごとをされていたことへ、だけじゃあなくて。
こちらからは知らないことが幾つもあるというのに、
自分に関しては勘兵衛様の手のひらの上なんだなぁって。

 「先日もね、ナイショの贈り物として、
  スーツを新調していただいたのですが、
  改めての採寸をしなくとも、
  それはぴったりなの、誂えて届けてくださって。」

嬉しかったけれど、ちょっぴり複雑だと、
口許をややたわめた七郎次にしてみれば。
どこに行こうと何をしていようと、ちゃんと把握されているのだなと思ったら、

 「何だか口惜しくなってきまして。」
 「く、口惜しぃて?」

お行儀よく座した座布団それぞれの縁から伸びていた陰が、
その輪郭をゆるめて、部屋の中も心なしかほのかに陰る。
風が出て来たらしく、空を走る雲に勢いが増したのだろう。
そして、

 “そうやとしても、エライこと しやはったもんや。”

警護にと張りついていた“草”の皆様へ、
わざわざ“どうか自分を追わぬように”と言い置いて。
あの自宅からの逐電を果たして来た彼だと聞いた如月殿。
そんな大胆なことをした割に、
今の今 目の前にいる七郎次はといえば、
撫で肩を力なく落とし、何ともしょんもりと憔悴しているとしか見えず。
見つかったら叱られるようなことをしたと、今になって反省している彼なのか。

 “草の皆さんとしては、
  追うなて言われた以上、そこを守ったとして、
  したら勘兵衛様か久蔵へのご注進て運びになるやろしな。”

外敵に突っ込まれるよりも大概な一大事にあたろうから、
どういう料簡でそんなお茶目をしでかしたのかなと、
お説教を食うのは、まま已を得ないとして。

 「それて、あんじょう見つけ出されたら、
 “やっぱり”て思えて口惜しいこととちゃいますの?」
 「………。」

 “それだけやない。”

勘兵衛様が、探そうてしやはれへんかったら?
いやいや、そういう“もしかして”は恐らくなかろうと思うけれど。

 “見つけてもらわれへんかて、それはそれで寂しいことやないの。”

自分から出て来ておいてそれはないと思われかねぬ矛盾だが、
警護の存在を振り切って、
自分からの出奔を果たした彼だという知らせを受けた勘兵衛が、
そうまでして出掛けたかったのなら、
それはもうしょうがないと、大人の割り切りを発動されたら?
微妙なニュアンスの掛け合わせによっては、
行動と思惑が大いに矛盾するのが人の気持ちというもの。
支配にも似た完全把握へと憤懣感じていた七郎次であれ、
好きにしろとのリアクションなしと御主から構えられたなら、
それはそれで相当 堪えてしまうのではなかろうか。

 “……自分で自分の首絞めてもて。”

どっちに転んでも のちのちに自分の裡(うち)へ悔悟のタネを残しそうな。
そんな立場へと自身を追い込んでおいで。
他人へは気遣い万全なくせに、自分へはなんてまあ要領の悪いお人かと。
図々しくも図太い大人たちとの、
丁々発止なやりとりにばかり明け暮れている如月としては。
繊細な人にもそれなり、どうしてくれようかと思うよな、
困ったちゃんなところはあるもんなんだなと、
あらためて思い知らされたようなもの。

 “あの、なんにも関心なさそな久蔵が、
  せやのについついお熱になるんは、こういうとこへなんやろな。”

一族の同世代の知己の中、
意志の疎通に一番手を焼く相手でありながら、
それでいて…もしかしたら、
良親や征樹以上に、心許しているのかも知れぬ存在で。
あまりに真っ直ぐが過ぎる存在だが、それで通れる意志の強さを持つがため、
一向に気性を変えるつもりはなさそうなままの現代の剣豪。
世渡りが下手なため、嘘はつくのもつかれるのも苦手で。
そんなところが放っておけぬとするのが七郎次なら、
自分の場合は…

 “…何でなんやろね。”

憎からず思っているのはホントのところ。
そして、先程手元へ届いた、それは短いメールの主でもあり。
本来ならば、年に数回しか会わぬほど生活圏が遠すぎる相手だのに、
よくぞ“心当たり”として数えての、連絡請うと言って来たのへは、
さしもの如月くんも驚いた驚いた。
勘がいいのか、それともとんでもなく方向音痴なだけか。

 “せやけど……。”

意地悪をする訳ではないが、
これに関しては自分が勝手をしてはいけないとも思う。
七郎次の望みは、
どっちにしたって後遺症が出そうではありながら、
勘兵衛がどう出るかにかかっており。
この場合一番優先されるのは、

 “七郎次さん、なんやろな。”

再びこっそりと、その手の中に覗いた携帯電話。
ご注進する訳には行かない立場なの、歯痒いことよと噛みしめつつも。
何とか打つ手はないものか、
懸命に頭や胸の裡のそこかしこ、爪繰り始めた彼であり……





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